日常が崩れるとき…第4話

常磐悠







「ねえ、祐ちゃん、お母さん遅くなるって」

うちに戻って、くつろいでいると名雪が部屋にやってきた。

「……ん、そうなのか?」

「うん、留守番電話にそう入ってたよ……だから、私がご飯作るね」

「ああ、頼んだ」

「うん、それじゃあ待っててね」

トテトテ―――

……秋子さんにこの事を聞こうと思ってたんだが、まあ仕方が無いか。

飯が出来るまでゴロゴロしてるとするかな……。






ピーンポン―――

だれだろ……秋子さんにしては早すぎるよな?

自分の部屋でのんびりしていると不意にインターホンがなった。

まあ、名雪が出るだろうし大丈夫だろ……。




ドタドタドタ―――

「ゆ、祐ちゃん、大変だよー」

「どうしたんだ名雪?」

「そ、それが、北川君と香里が……」

「……マジ?」

ちらりと窓の外を見ると、確かにあの二人の姿が見えた。

「うん、だからばれないように気をつけてね」

「あ、ああ、善処する……」

でも、誰が性別変わったなんて事を思うんだろうか?






「ど、どうも始めまして、相沢君の親友の北川潤って言います」

「何をそんなに緊張してるのよ……私は美坂香里よ、宜しくね祐美さん」

「う、うん……北川君に、香里さんだね、二人ともよろしくお願いします」

「そんな、さんづけしないで、香里って呼び捨てで良いわよ」

「それじゃあ、私も祐美って呼んでくださいね」

「ええ、分かったわ」

「えっと、相沢のお姉さんなんだよね?」

「あっ、はいそうです。祐君は私の弟ですよ」

「ちくしょー、相沢はお姉さんまでこんなに綺麗でさー」

「えっと……そんな、綺麗だなんて……」

えっと、今のはちょっと白々しかったか……?でも、他にどう答えていいのか分からないし……。後で色々と名雪に教えてもらおうかな?

「北川君……」

「う、うわっ、美坂……痛い、痛いってば!!」

「ふんっ……」

「まあまあ二人とも……」

「良いのよ名雪、こんな奴のことなんて」

「そんな、美坂〜」

「そ、そうだっ、今夕ご飯作ってるんだけど、良ければ食べていかない?」

「うーん、そうね……どうしようかしら?」

「よ、喜んで、祐美さん!!あなたの手料理が食べれるなんて感激です!」

「……あ、あの、ご飯を作るのは私じゃなくて名雪なんだけど……」

ガンッ―――

「っ!!?」

「やっぱり、私もご馳走になっていくわね……」

「う、うん、それは良いんだけど、香里……そのフライパンは?」

「ああ、これはちょっと台所から貸してもらったわよ」

「そ、そうなんだ……」






結局、北川はそのままほっといて3人で食事することになった。……放置プレイ?

「えっと、祐美はしばらくこっちにいるのよね?」

「うん、多分祐君が退院するまではこっちに居ようかなって」

名雪が口から出任せに言った『相沢祐一は風邪で頭をやられて逆立ちして家中を駆けずり回って、最終的に救急車で病院に運ばれた』という事はクラス中で信じられているらしい。

誰も疑わないと言うのもどうかと思うんだが……

「それじゃあ、しばらくはこの家にいるの?」

「はい……そうなると思います」

「そう……なら、色々と話せるわね。今度、相沢君の事でも教えてくれるかしら?」

「あはは……はい」

うっ、その時にまでは何とか設定を考えておかないとな。

「名雪、ご馳走様、そろそろ帰るわね」

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「ええ、祐美もまたね」

「うん、また学校でね」

「あっ、それと名雪、丈夫なロープ無いかしら?」

「……うーん、あると思うけど何に使うの?」

「それはね―――」






「……良いのかな?」

「良いのよ、それにここに置きっぱなしじゃ危険でしょ?」

「うーん、でもこれじゃ……」

名雪が押し入れから探してきたロープを、香里は未だに意識が戻らない北川の体に無造作に巻きつけ引っ張っている。

……北川がどうこうって言うより、俺は香里の力の方が……。まあ、実際に口に出して言うとどうなるか予想がつくから言わないが。

「それじゃ、明日ね」

そう言って香里は苦も無く、北川を引きずって歩いていった。






「なあ、名雪」

「うん……どうしようか」

「そうだな……見なかった事にするのはどうだろうか?」

「でもこのままにしておく訳にもいかないと思うよ」

目の前に見える道路には、今さっきまで北川が引きずられていったと思われる場所に血の跡が点々とある。

「だからって、俺たちでどうなるっていう問題でもないし……ほら、外は寒いし家の中に入ろうぜ」

「うん、そうだね」

まあ……明日、無事に北川が来ることを祈ろう……。






―――眠れない……。今日は色々なことがあって疲れてるはずなんだけどな……。

ベッドに入ってずいぶんと経つが、一向に眠気がやってくる気配は無かった……。時を刻む音が、やけに目障りだ……。

―――明日起きたら全部夢だったら良いのにな。

そうしたら今日みたいにしなくても……。こうやって、生活してみると一番辛いのは、知り合いにすら初対面……知らない振りをして接しないといけない事なんだよな。

いくら正体をばらしたら今以上に辛い事になる……そんな事は分かりきってるのに……。

はあ、ちょっと外の空気でも吸いに行こうかな?






―――まだ、ちょっと肌寒いか。

ベランダに出ると、もう春だと言うのに寝間着だけではかなり寒い。息を吐いたら、白くなって空へと消えていった……。

―――でも、星は綺麗に見えるよな。

地元の方では見られない、満開の星が漆黒の闇を照らしていて眩しい位だった。






―――さて、そろそろ流石に寝ないとまずいよな……。それに今にも風邪を引きそうなぐらい体が冷え切ってるし。

明日こそ秋子さんに、こうなった理由と目的を聞かないとな……。

ベッドに入って目を閉じながらそんな事を考えていると急速に眠気が来て意識が遠のいていった……。




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